煩悩くんフルスロットルさん最新、名無し先生の、オレンジ革命やマッカーサーに、ウクライナ情勢等、参考になりますね。Φ(^π^;)φ
Shall we dance? I shall return!
http://aioi.blog6.fc2.com/blog-entry-2744.html
今回も名無し先生の語る内容の洞察です。
ちなみにオイラはWW2に関しては、帝国主義フロントランナーであった英国、フランス、オランダ(連合国)が台頭しつつあったセカンドランナーの伊、独、日(枢軸国)を追い落とす為に行われたのがWW2の真の原因だと思っているが、今回はこの辺の考えは封印して名無し先生の語る内容に沿った洞察(含ネタ・笑)を進めます。
※国際秩序維持とは、あくまでトップランナー側から見た秩序維持であり、WW2は怪しげな思想を振りかざして台頭するヘッセン=ナッサウ勢力の新興国=枢軸国を押さえ付け解体させたという捉え方も可能。しかし、この戦いがなければ植民地化された国々の自主独立もなかったのも事実。あとヘッセン本流の英国、フランス、オランダとヘッセン傀儡の枢軸国との敵対及びその後の米国の一人勝ちは自分で自分の首を締めるようなもので説明がつかない。まぁ、国家という概念で考えてはいけないのもしれないが、、、となるとWW2の真の勝者は「米国北軍派」ということになるかのか? だがその後のイラン、イラク戦争はどう理解すれば、、、悩みます。
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■WW2後の日本国における通貨戦争の一局面
戦後の日本を統治していたGHQの総司令官であったマックアーサーの日本国通貨に関する政策は、Bドルと言われる米国軍票を日本全国で普及させる事でした。つまり彼の通貨政策が進んでいたなら、今頃日本国の円通貨は無くなっていたのです。そして、このBドルという軍票は、ドルの様でありながら、ドルでない、その後他の通貨に変更し得る約束手形の様なものであった訳です。可能性としては中国の元通貨や当時で言えばポンド通貨やマルク通貨、今で言えばユーロ通貨にも変更し得る物であった訳です。
マックアーサーが、こうした施策を展開しようとしたした背景は、彼の一族の出身地であるアイルランドに深く由来しております。リーガン大統領も、同じアイルランド出身の一族です。ご興味のある方は、アイルランドと英国本島であるイングランドの長きに渡る確執、オランダ王室オラニエ(オレンジ)公とアイルランドの関係、特にオレンジ革命との絡みをお調べ下さい。
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GHQ占領時、旧日本帝国領や沖縄はA円軍票、日本国土はB円軍票が使用されたことは歴史的事実です。
だが、Bドル軍票というのは初耳。
そしてそれがマックアーサーの出自と関連しているという。今回記事はこの辺の洞察になるわけですが、名無し先生によると、南部出身のマックアーサー家は、アメリカ本国で大統領候補選に出たがっていたが出れず、フィリピン支配に精を出した一族。アイルランドのグラスゴー生まれの祖父のアーサー・マッカーサー卿(弁護士で後にウィスコンシン州知事)の代にアイルランドから米国に移民してきた家系で、祖先はアーサー王の末裔ともいわれるようにアイルランド貴族が出自。
(祖父:アーサー・マックアーサー卿)
父親のアーサー・マッカーサー・ジュニアは、1885年にインディアン戦争のアパッチ作戦に参加してジェロニモ以下先住民族を殲滅。米比戦争に副官として従軍し現地の先住民族を絶滅させ、後にフィリピン駐留アメリカ軍司令官となり、実質的なフィリピンの植民地総督となった。三男ダグラスもまた各州から選ばれた「レインボー師団」を提案し、採用されて師団長となってWW1に参戦。
※マックアーサー家が「レインボー」という言葉を好んで使っているが、これはアーサー王の剣「エクスカリバー」の元が「エクス+カリバーン」であり、それは「カリブルヌス」「カレトブルッフ」と呼ばれている剣であって、ケルト神話の「カラドコルグ」がオリジナルであり、振ると虹のように長く伸びる剣という伝承を知っているからなのだろう。名無し先生がいう父親のアーサーがWW1に参戦を促した「レインボー作戦」というものを見つけだせなかった。
(父:アーサー・マックアーサー・ジュニア)
WW1の後、ダグラスはフィリピンの軍事顧問として在任している間、現地の最高級ホテル「マニラ・ホテル」のスイート・ルームを要求し住居としていた。高等弁務官を兼任して高額の報酬を得ると共にフィリピン財界の主要メンバーとなっていた。また、アメリカ資本の在フィリピン企業に投資を行い、多額の利益を得ていたと云われる。
※1936年にマニラでアメリカ系フリーメイソンに加盟、600名のマスターが参加したという。3月13日には第14階級(薔薇十字高級階級結社)に異例昇進。
ダグラスによって日本軍を敵国想定した「オレンジ計画」は何度も更新され、後に「レインボー計画」と名称を変えた。このうちプラン5(枢軸国側と大西洋、太平洋の二正面で戦うが大西洋を優先する)は陸軍のダグラスは知らなかったという。アイゼンハワーはプラン5に沿って、議会承認前に太平洋艦隊の1/3を大西洋艦隊に振り向けた。
(ダグラス・マックアーサー司令官)
太平洋戦争の開始に伴い、ルーズベルト大統領の要請を受け東南アジアに詳しいダグラスがフィリピン駐屯のアメリカ極東軍司令官に就任。猛攻して進撃してくる日本軍に対し、ルーズベルト大統領の退却命令で部下を見捨てて「I shall return」と言って豪州に退避。この敵前逃亡はダグラスの軍歴の失態となり、深く心に残った。以上のことから、ダグラスは太平洋戦争でフィリピン・マッカーサー帝国を犯した日本を目の敵にしていた。戦後直ぐ厚木へ降り立った際、靖国神社を焼き払ってドッグレース場を造ろうとしたのもこういう経緯があったからだろう。
※1 スペイン系やマックアーサー系の外資から比国人に経済を取り戻そうとしたマルコスは現地人の英雄という地元の評価。
※2 第二次大戦後の戦犯を決定する裁判の行方はガーター騎士団ー>300人委員会―>マッカーサー経由で命令が出ていた。ちなみにガーター騎士団はエドワード3世がアーサー王伝説の「円卓の騎士」に倣って設立したが天皇家はガーター騎士団に一員。円卓の騎士団にはイエス・キリストと12人の使徒を模して13の席があったとされ、13番目の席は裏切り者のユダの席とされ空席だった。
マックアーサーは日本では神格化されていますが、5年の在任期間中に日本人からファン・レターが50万通来たといい、マックアーサーを「永久国賓」「マッカーサー神社」「マッカーサー記念館」を作ろうという声まで上がった。しかし「日本人は12歳」の差別意識発言により、この声はだんだんと小さくなった。以上のように実態はそうでもなかったというというか、全く逆の人物であったのです。
※昭和天皇はマッカーサーが離日するとき、GHQが見送りを要請したにもかかわらず、侍従長を派遣しただけ。また昭和天皇訪米のとき、マックアーサー夫人の再三の案内にもかかわらずマックアーサー記念館に行くことも、マックアーサーの墓参もしなかった。戦闘地で部下を見捨てて豪州に逃げた件やボーナス・アーミー事件での強行...等、アメリカ人から見ても権威主義的で傲慢な人間だったというが、やっぱり分かっているんですね~。
当然、スマイル党のマックアーカサーカとは血縁関係にはない、、、多分(汗)。
GHQはキャノン機関(GHQ参謀第2部直轄の秘密諜報機関・本郷の旧岩崎邸が本部・26人のメンバー)を使って日本占領政策を裏から進めた。傘下には児玉機関、柿の木坂機関、矢板機関、日高機関などの日本人工作員組織がある。最初は既存支配層に対抗させる為に共産勢力を野放しにしてバランスを取ろうとしていたが、手に負えなくなったのと本国の「レッドパージ(赤狩り)」政策の元、キャノン機関は国鉄三大ミステリー事件(下山事件・三鷹事件・松川事件)にも関与。
(接収された岩崎邸は「本郷ハウス」と呼ばれた。キャノン機関を率いたテキサス人の荒くれキャノン中佐は故郷で謎の発砲自殺。)
戦後日本の復興資金はキャノン機関→児玉機関→高利貸しに流れ、借金のカタに取られた娘は売春婦にされ、その受け皿であるトルコ風呂(ソープランド)ライセンスは児玉が仕切っていたという。認可は警視庁から出ますが、戦後すぐはGHQから出ていた。で、その流れを組む勢力は現在も警察庁、警視庁に存在するという。ここから表立って警察が出られぬ部分を暴力団各組がカバーし所轄単位でもたれ合い構造を産む慣習が作られ、右翼・暴力団・警察の三すくみ構造となった。つまり、マックアーサーとはギャンブル、売春、窃盗、恐喝という犯罪を取り仕切るチンピラ同様の「カス野郎」というのが名無し先生のいる世界での評価とのこと。
このように児玉はマッカーサーの手下となることで戦後日本のフィクサーとなった。
■児玉誉士夫(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%8E%89%E8%AA%89%E5%A3%AB%E5%A4%AB
(二本松藩藩士の家の出で、最初、玄洋社の頭山満に私淑)
このようにして三国人(日本国籍を持たない日本に居留する旧外地の人を指す呼称)を利用していたのがマッカーサーであり、これが今に続く在日のマスコミ支配...等の「三国人時代」を開花させているわけだが、この在日を本国に帰国させようと尽力していたのが吉田茂と白洲次郎。だがその思いは叶わなかったが、、、、
マックアーサーのアイルランドといえば、「オレンジ結社」がまず浮かびますね。
オランダのサッカーチームのユニフォームはオレンジですが、これはオランダのオラニエ公(オレンジ公)に因んでいるが、オレンジ結社も同様なのです。
まぁ、昔、私もオレンジさんと呼ばれる程にオレンジ色が好きで身にまとっていたので、オラニエ公派のオレンジ結社員かもしれんだす(爆)。
オレンジ結社は、現在でも毎年7月12日にオレンジ行進(Orange March)をして、ボイン川の戦いの勝利を祝う。黒いスーツと帽子にきっちりと身をかためた人達が、首にオレンジ色のたすき状の帯(sash)を掛け、オレンジ色の旗をかかげて、鼓笛隊を先頭に行進していく。この姿はボイン川の戦いでカトリックを破ったオレンジ公に因みオレンジ色のリボンを党の記章に定めている。
オレンジ結社は、1795年に結成された北アイルランドでイングランドの立憲君主制を維持を目的とする親英的なプロテスタント組織。オレンジ公ウィリアム(オラニエ公ウィレム)にちなんで命名されたという。
※「絶対君主制」ではなく「立憲君主制」というところがポイントですね。
イングランドは英国国教会(聖公会 プロテスタント的なカソリック)の国で政府高官も国教会信仰者でないとなれない国ですが、1685年、幼少時にフランスに亡命していたジェームズ2世は熱心なカトリック教徒。彼がイングランド王位につくやカトリック優位の政策を進めた。またイングランドの政敵フランス王ルイ14世との密約などが国内のプロテスタントの反感を買い、僅か3年で王位から追放された。
ここに300年以上続いたスコットランド起源のステュアート朝は終焉。
※神聖ローマ皇帝=ハプスブルク家を弱体化させる為に欧州貴族によって仕組まれた「三十年戦争」では、デンマーク=ノルウェーを対ハプスブルク同盟へ引き込む為にステュアート王朝から資金提供した結果、王室は財政難に苦しむことになった。この軋轢が議会との対立を煽り、後の清教徒革命、名誉革命へと進んでいき、プロテスタントのオレンジ公支配へと繋がっていく。
1688年、オランダ総督であるナッソー伯オレンジ公ウィリアムに嫁いでいた先王チャールズ1世の長女メアリーをイングランド女王に迎えたが、メアリーは女王就任にあたり夫を共同統治者とすることを条件にオランダから帰国。夫のウィリアムはイングランド王兼オランダ総督ウィリアム3世を名乗りイングランド王に即位。ウィリアム3世は熱心なプロテスタントでした。
(オレンジ公ウィリアム【ウィリアム3世】)
この一連のクーデター事件が「名誉革命」。
イングランドを追われた前王ジェームズ2世はローマ教皇の庇護の元、フランスに亡命しフランス王ルイ14世の支援を得て、正嫡(男系子孫)の王を望むジャコバイト(ジェームズのラテン名が語源 スコットランドのハイランド地方が最大基盤)の支持を得て、アイルランドに上陸して王位復位を図った。
(スコットランド王ジェームズ7世【ジェームズ2世】)
これが「ボイン川の戦い」ですが、この企ては効を為さずカソリック側の前王ジェームズ2世は敗け、プロテスタント側のオレンジ公ウィリアムが勝利した。以来オレンジ公はプロテスタントの尊敬する象徴的存在となり、カトリックの勢力に対抗する結社の名前になった。それが先の「オレンジ結社」(Orange Order)です。
※一説には、オランダのメーソンリーであるオレンジ公ウィリアムスが英国でフリーメーソン結社を創設したのが「オレンジ結社」だとも云われる。
(カレーライスは英国発祥ですが、オレンジ色の箱が眩しいボイン川名物のボインカレー・爆 髪型もポーズも同じなのはシンクロか?)
アイルランドはもともとカトリックの国ですが、イングランドの支配によりイングランドからきた少数のプロテスタントが支配層を構成し、農民がカソリックという構造。
互いが反目し合っていたが、1791年、アイルランドのカトリック教徒とプロテスタントは共に団結しようとアイルランド人の統一的な組織である「ユナイテッド・アイリッシュメン」を結成。その後、カトリック教徒は民族独立を志向しはじめプロテスタントとは袂を分かち、カトリック農民を中心に独立運動の地下組織として再編されていった。
一方、イングランドの立憲君主制を望むプロテスタントはカトリック教徒の動きに危機感を懐き、対抗する武力組織としてオレンジ結社を創設。以来、UKから独立(アイルランド自主自立)しようとするカトリック(共和派)の方策にことごとく反対し、武力抗争が続いた。「オレンジ結社」には少なくとも6万人のメンバーがいるといわれ、カナダ、ニュージランド、オーストラリア、米国、西アフリカなど世界各国に組織がある。
以上から、アイルランドとイングランドの長年の確執とは、、、
プロテスタント(オレンジ結社) vs. カソリック(ジャコバイン)
という宗教派閥の闘争が原因だが、これも裏を返せば、、、
メーソン(イルミナティ) vs. バチカン(イエズス会)
いづれもがヘッセン=ナッサウ勢力の手駒であり、二元論的対立軸を装った自作自演に過ぎない。まぁ、末端は本気で敵対しているわけなのだが、、、(涙)
プロテスタント(新教)はドイツ農民を主体としたルターの宗教改革から始まるが、「ドイツ農民戦争」を経てローマ教皇や神聖ローマ皇帝に対抗。また同時に貴族も教皇領を奪う「騎士戦争」を始めた。その裏で「両建て戦略」で糸を引いていたのがヘッセン、ナッサウらの神聖ローマ帝国に属する王家血胤の欧州貴族。
(ルター)
つまり、プロテスタントとはとどのつまり神聖ローマ帝国並びにバチカンへの決別でもあるが、ヘッセン=ナッサウの覇権簒奪の下克上的な仕掛けでもあった。そして欧州におけるプロテスタントの爪城がオランダであり、イングランド諸島へのオランダ覇権の侵食が現在の英国の姿であり、ヘッセン本流のマウントバッテン家の英国王室君臨へと繋がっていく。
※江戸幕府がオランダとの交易を認可していたのは、イエズス会の影響のないプロテスタントの国オランダであったことから。
以上から、もう一度マックアーサーを眺めてみると、、、
マックアーサー = アーサー王に繋がるアイルランド貴族家系 = オレンジ結社 = メーソン =ヘッセン・ナッサウの手駒
という図式が見えてくる。マニラでメーソン加入したダグラス・マックアーサーが異例の昇進をした理由も見えてくる。そして、その先に日本で「Bドル軍票」を流通させるという構想が浮かぶ。つまり、日本の経済自主権を奪うことに繋がる「Bドル軍票」発行は、マックアーサーがフィリピン同様に経済支配できることを餌にしたヘッセン=ナッサウ勢力の入れ知恵だったかもしれません。
さて、このことと2004年に起きたウクライナのオレンジ革命には関連あるのだろうか?
オレンジ革命とは、元々ソ連邦だったウクライナが今まで通りロシア側に付くか、新たに欧州側のヨーロッパ連合に付くかの将来を見据えた選択が焦点だった2004年ウクライナ大統領選挙に関しての揉め事でしたが、ロシア側に付くという与党の勝利が不正選挙であるとする声が高まり、ヨーロッパへの帰属を唱える野党のユシチェンコを支持者がオレンジをシンボルカラーとしたことから「オレンジ革命」と呼ばれる。
どこからともなく突如オレンジ色が出てくる点は確かに怪しい。(ふぉふぉふぉ)
やはりヘッセン=ナッサウ勢力が裏に控えていると見るべきでしょうか? 「世界の穀倉地帯」と云われ、更に天然ガス資源も豊富なウクライナである故に、ここを失うことはロシアの弱体化を意味する。欧州連合(EU)としてはどうしても押さえたい領域です。ただ、ウクライナの宗教は東方正教会・カソリックの旧教が全人口の34%を占め、プロテスタントは0.3%に過ぎず、その他63%は無所属。アイルランドのように宗教を介した形での分断は難しい。
米国の介入もあり、再決選投票ではユシチェンコ元首相の野党側が当選となったが、盟友ティモシェンコ(美しすぎる女性政治家)との対立抗争や、汚職、仲間びいき、富豪化した寡頭新興財閥を温存させたことにより民衆の支持離れが激しくなり、親欧州、親ロと目まぐるしく政権は移動し、その後の2010年には再びヤヌコーヴィチがウクライナ大統領に就任するという事態となって「オレンジ革命」は大きく後退した。
(イケメンのヴィクトル・ユシチェンコ元大統領は薬物を盛られた。)
(王女編みが可愛い「ガスの女王」の異名のあるティモシェンコ元首相。ちなみに「ガスの女王」は「放屁の名人」という意味ではない。違法な海賊版DVDレンタル業の成功からのし上がったが女史ですが、今はその美しさも見る影はなくなった。)
この欧州連合(EU)に参入させるという企ては、ロシアのプーチンによって見事に粉砕されたかに見えたのですが、先日、オレンジ革命第二幕とも云える動きがあった。ウクライナ西側の地域で反政府運動が勃発し(ユーロマイダン)、2014年2月22日、ウクライナ最高議会はヤヌコーヴィチの大統領解任と大統領選挙の繰り上げ実施を決議にまで至った。これは「ソチ・オリンピック閉幕中で世界中が見ており、プーチンも無茶はできない筈」と踏んだ蜂起だったのですが、プーチンは即座に黒海艦隊を使いクリミア半島に軍事介入。ウクライナ情勢は混沌としてきた。
これが第三次世界大戦の導火線になると予想する人もいる。
※ウクライナは首都キエフの北方にチェルノブイリ原発があり、国家予算の1割をその後処理に費やしている。聖書黙示録には「苦よもぎ(チェルノブイリ)」が出てくる点と世界の国々がイスラエル北方のメギドの平野(ハルマゲドン)に王を集めるとあり、このウクライナがハルマゲドンの地という見方をする人もいる。
紛争地域を意図的に作り出し無政府状態にすることは、麻薬デモ、マネーロンダリングでも何でも出来るワープトンネルを創るのが目的とのことですが、児玉を子分に持ち三国人で裏世界を仕切るマックアーサーにとって「Bドル軍票」流通による経済混乱は蓄財にはビンゴであり、これが「Bドル軍票」導入に乗ったダグラスの思惑だったのでしょう。
で、今回のウクライナの騒動も同じなのか?
こういう民衆蜂起はヘッセンの十八番(おはこ)だすな。
それとベルファシ勢力側である日本のマスコミ報道を見れば、反ロシア的な報道なのも分かる。
今回の騒動ではオレンジ色が見えないことから、裏で動いているのはメーソンではなさそう。しかも今回は武力化しているというので、ヘッセン=ナッサウ勢力のもう1つの手駒であるイエズス会ラインでロシアン・マフィアを駆使して事を起こしているのかもしれない。
※ウクライナを拠点としたのが東欧地域最大の犯罪組織「ロシアン・マフィア」、人員総数はおよそ16万と見積もられる。
今のところプーチンの電光石火の決断で、欧州寄りの暫定政権に指名された海軍大将すらロシアへ帰順しており、3000人のウクライナ兵士もクリミア側に投降。ウクライナはロシア寄りにグッと傾いてきている。残るは西部地区だけだが、、、ヘッセン=ナッサウ勢力に対する国際秩序維持派の効を奏したか?
今後、ウクライナ情勢はマック赤坂の大阪市長選立候補と同様、目が離せない展開となってきた。
うっ、、、やはりマック氏はアーサー王の血胤だったのか(滝汗)
※御堂筋を「スマイル特区」にして眉間にシワを寄せて歩いていると罰金3万円にする条例を作るとか、、、是非、マック赤坂さんには王女編みヘアでウクライナ大統領選に出馬してもらい、ウクライナ全土を「スマイル特区」にしてもらいたいところ。