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「殺人医師たち」〜731部隊は、2代目裏天皇・堀川辰吉郎の指示で石井四朗中将によって作られた

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モンロー研究所のヘミシンクの影響と思しき宇宙人情報と、ロス茶赤い盾ナサニエル・ジェイコブ・トリオの、世界政府派って、ところだけ、考慮して、観察する分には、竹下説も、参考になりますね。Φ(^π^;)φ

「殺人医師たち」~731部隊は、2代目裏天皇・堀川辰吉郎の指示で石井四朗中将によって作られた~
...

https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=80215
名称未設定

竹下雅敏氏からの情報です。
 731部隊は、2代目裏天皇・堀川辰吉郎の指示で石井四郎中将によって作られたと考えています。彼らは"中国人を劣勢民族として蔑視していた"ようです。
 堀川辰吉郎の部下の笹川良一がナチスに心酔していたということですが、とてもよくわかります。"類は友を呼ぶ"と言います。「(偽の)銀河連邦」に霊導されていた連中は、欧米の属国支配から自立するためなら、金銀財宝を略奪することも、おぞましい人体実験も、"目的は手段を正当化する"と考えていたようです。これを悪といいます。
 また動画の14分47秒のところで、"我々は皇室の…全部知っているけれどいいのか"とあります。国家機密がアメリカに筒抜けだったわけです。情報を漏らしていたのは、昭和天皇と、ゾルゲ事件の西園寺公一だろうと思います。この2人は兄弟です。
(竹下雅敏)
――――――――――――――――――――――――
ドイツZDF「殺人医師たち」動画と和訳文
  
転載元より抜粋)
  
 
00:02
ナレーション
死を呼ぶ医師として悪名高きヨーゼフ・メンゲレ。

ヨーゼフ・メンゲレ

ヨーゼフ・メンゲレ


ナチスが強制収容所という地獄を創設し、そこで医師たちが医学的人体実験を行っていた事はよく知られている。

1-4

だが、白衣をまとった殺人者はヨーゼフ・メンゲレが最初ではなく、また最後でもない。

1-7

日本は科学が支配する死の帝国を築き、生体解剖など計画的に人間を実験物として扱った。

1-8

湯浅 謙(元陸軍軍医)

苦しい声を上げてましたね。・・・・

・・・・・悶絶死ですね。

02:02

1-9
ラビ・エイブラハム・クーパー(サイモン・ヴィーゼンタール・センター副所長)
科学者や医者を束縛しないで、やりたい事を何でもさせておくと、神になったかのごとく振舞います。

04:59
三世代を経て過去は忘れられてしまった。731部隊の存在は2002年に至るまで公式に認められる事はなかった。

陸軍軍医中将・石井四郎

石井四郎


731部隊は陸軍軍医中将・石井四郎の発想だった。

(続きはここから)

1-10

西里 扶甬子(ジャーナリスト)
05:34
彼はなぜ細菌戦部隊をというものを作ることを考えたかと言うと、ジュネーブ条約というものができてから、まず化学兵器というのがあまりにも残酷であるということで禁止されたと。それから細菌兵器についても同じように禁止されたと。
そこに目をつけて、それだったら日本がその兵器を使ったらどんな戦争にも勝てるんじゃないかという風に考えたわけです。

ナレーション
1931年、日本軍は自らの鉄道の線路を爆破し、この破壊工作を満洲全土を占領する口実にした。

清朝は内戦によって弱体化していた。

1-11

日本軍は満洲国という傀儡国家をでっちあげた。

日本の残忍な占領政策は一般市民を震え上がらせながら、中国全土に広がって行った。

1-13
1-1
1-2
1-3

日本軍は中国人を劣勢民族として蔑視していた。

西里 扶甬子(ジャーナリスト)
07:05

何でもできる。
日本では許されないようなことができるというのが1つの理由でしたけれども、一番大切な人体実験というようなこともいくらでもできると。
そういうような理由で満州に作られました。

1-4 

ナレーション
満洲は、石井軍医中将が指揮する731部隊の実験場になった。
日本の細菌兵器研究は急速に増大した。

1-5 

石井中将はハルピンに独自の監獄を備えた研究センターを開設した。囚人たちは人体実験のために用意されたのだ。

1-6

1-7 

8:40 
何よりも石井部隊の医師や科学者たちは人間をペストに感染させて、その結果が何らの影響も受けないように、麻酔剤や鎮痛剤なしで生体解剖を行った。

湯浅謙は1915年生まれで、当時の軍医のひとりである。
彼は当時の自分の行為を深く反省していて、それについて語る覚悟を決めた。

1-8

1-8

湯浅謙(元陸軍軍医)
09:02

講義が終わった後に第一軍の軍医部長の兵藤という人から、「これから皆に良い事をさせてやる。」と言って集められたまま、太原(タイゲン)の監獄でした。そこへ40名が集まりました。私は何するかわからなかったんですが、站籠(カング)の土間で2人の男が後ろ手に結わかれて目隠しをされて、そして座っている所へ連れて行かれたんです。
やがて、司法、法律の軍属と見える男が出てきまして、「やりますか。」と言って拳銃を抜いて、僕の目の前で、その2人の男のお腹にパンパン、パンパンと2発ずつ撃ったんですね。

その撃たれた人は苦しい声を上げている中、10人の軍医が1人を掴んで別室へ行って手術演習が始まるんです。連れて行く時、その教育の責任者の軍医部長が言いました。

「弾を取るまでは生かしておくように」

こういう風に命令されたのを覚えています。そこでやった手術はもっぱら、弾を取るのが主だったんですが、手が空いている人はみんなやはり切断です。あるいは、気管切開も行っておりました。

1-9 

恐らく数千名の看護婦、衛生兵それから軍医はざっと1万人にもなる人が生体解剖にタッチしている。
しかし、話しているのは私だけなんです。

1-10 

ナレーション
ハルビン郊外の731部隊は細菌兵器を町や村に空中散布するための専用飛行機を所有していた。

彼らは炭疽病菌・ペスト菌・コレラ菌・野兎病菌などを使って実験した。
ひとたび疫病が発生すれば、その度に患者であれ死者であれ検査した。

1-11 

731部隊の人体実験と細菌戦の犠牲者は数十万人に及び、死者は30万人から58万人に及ぶと見られている。
(中国側の一説。731部隊 細菌戦資料センターとしては10万人に満たないと考えている。)

石井部隊に所属する者は、こうした行為のどんな詳細をも秘密にするように誓約させられていた。終戦間際になると、石井はすべての囚人を殺すように命令した。

1-12 

西里 扶甬子(ジャーナリスト)
12:51

まず毒ガスで殺され、それから息のある人は機関銃で撃たれたりして、そして遺体はバーベキューのようにという、やった人その者がそういう言葉を使っていますけれど、庭に鉄の板を渡してその上で焼いたと。
焼ききれない人は、スンガリーという川がありますけれどその川に捨てた。

ナレーション
研究センターの建物も爆破しようとしたが、敗戦撤退の混乱の中、証拠隠滅作戦は不完全に終わった。

石井部隊の生物兵器はソ連とアメリカ合衆国に対して使用される計画だった。

14:17
数年前に発覚したのだが、日本軍は対米軍生物兵器戦を開始するためにこれらを使う予定だった。

攻撃目標はサイパン島とカリフォルニア州サンディエゴ市だった。

1-13 

ラビ・エイブラハム・クーパー(サイモン・ヴィーゼンタール・センター副所長)
14:35

アメリカの情報機関はこのような計画を察知し、日本の戦時内閣へメッセージを送りました。

この作戦を実行するなら、我々は皇室の防空壕がどうなっているか、裕仁の隠れ家はどこかを知っている、戦時内閣がどこを拠点にしているか全部知っているけれどいいのか」と。

もし我が将兵に対してこのような大量殺戮兵器を使用するならば、木っ端微塵に吹き飛ばすぞ」というわけです。

脅し作戦は成功して、攻撃されることはなかった。

天皇と戦時内閣は生き延びたが、広島と長崎は違った。

1-14 

~編集長よりお知らせ~ 文字起こしをお願いしているacco☆彡さんが、先を見越してこの動画がアップされる前に、731部隊元隊員の証言の文字起こしを用意してくれているので、そちらの方もこれから随時掲
載していく予定です。

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