長文のスフィンクス最新も未知との遭遇解放軍待望派には、厳しいメッセージですね。 しかし、ウイングメーカー・リリカスは、冗談なのか?って、本当ですからね。 ですから、それが、いつなのか?が、問題なんですね。 しかし、教訓、参考になるメッセージですね。Φ(^π^;)φ
スフィンクス、闇の者達は依然として支配し、光の活動家達を気にしない理由を語る
http://twinkle-star999.blog.so-net.ne.jp/2013-08-21
皆さんは本来なら新しい世界の数々の変化を創り出さなければならない人々になっているため、これは数多くの人々が考えるようになるひとつの主題です。
闇の者達、つまり皆さんが闇の者達と呼ぶ者達は、何故依然として支配しているのでしょうか。
数多くの皆さんが異なる信念を持っていますが、しかし皆さんが持つどのような信念も、実際にその闇の者達の脅威になっていません。
もしも何の懸念も持たないひとつの集団があるなら、それは光の活動家達の社会です。
おそらく皆さんは、何故だ、と尋ねるでしょう。
数多くの皆さんが、この現実性を超える信念を持っていますが、それにもかかわらず、数多くのそういった信念は、この現実性よりも良い現実性を目的にしています。
その主要な信念は、そのようになるだろう、この驚くべき現実性は既にここにあり、それは将来明らかになっていなければならないものだ、というものです。
他の人々はまだ決心がつかず、誰が良く誰が悪いか分かっていない状態です。
彼らは、あらゆる場所のさらに高い数々の上昇が良き存在達によって強制されて、正しい物事を行い始める、と信じます。
彼らに背後で起り続けていることに関するメッセージを与えるほんのわずかな人々を除いて、彼らはどのような証拠も確認してこなかったにもかかわらず、ひとつたりとも証明可能なものはなく、ひとつたりとも明らかにされていません。
何年もの間、彼らは待ち続けてきました。
その通り、何年も待ち続けながら、いつも彼らは、彼らが元気になる何かが起ろうとしている、と伝えられ、そして待ち、高い期待を寄せます。
それにもかかわらず、彼らは毎回何も起らないことに幻滅を感じ、世界は、より悪い方に進んでいるように見えます。
闇の者達にとって、完璧な集団であり、信じ、待つ人々の集団です。
わたし達は、光の活動家達の間に、愛と光に満たされた人々の他の幾つかの集団を持っています。
彼らは、愛と光についてのメッセージに殺到しているように見えます。
ひとりの光の活動家としての共通の認識は、皆さんは愛と光である、ということです。
それにもかわらず、皆さんは毎日この呪文を必要としているように見え、もしもそれを一日に何度もしているなら、偉大なことです。
向こうの誰かからのひとつのメッセージが、皆さんは今までどれ程巨大な仕事をしてきたか、皆さんは今までどれほど沢山愛になってきたか、皆さんは今までどれほど多くの光になってきたか、と皆さんに伝えています。
そしてその通り、皆さんは皆さんの現実性を変え続けています。
数多くのこうした集団は、彼らの外部の現実性にさえ気付いていません。
彼らは自分たち自身の光の活動家の社会または集団、あるいは、ただ彼ら自身の内面の現実性だけに意識を集中することを好みます。
彼らは、彼らが毎日手にするその愛になる方法、愛と光を表現する方法に関する呪文、彼らは愛と光であり、すべてが世界の中で順調に進むことを思い出させてくれる呪文が、大好きです。
この集団は、彼らの周りの世界の多くの物事にほとんど気付いていません。
数多くの人々が言うように、彼らは彼らのエネルギーと精神状態を阻害するからテレビやニュースを見ることができないからです。
それにもかかわらず、闇の者達の別の集団も、不安を感じる必要はありません。
何故なら、この集団は、自分自身の愛と光でかなり力を奪われていて、彼らは誰に対しても脅威にはならないからです。
次の集団は、銀河存在達が彼らを救ってくれると確信している集団であり、彼らは、銀河存在達が現れて彼らを救う方法、すべが順調に進むことになること、一度告知されてしまえば、この世界には地球外生命体がいて、それは支援することができる存在達だということに関するメッセージに、群がり続けています。
この集団は、地球上に地球外生命体がいて、これを起こすために彼らと連携していることを認識しています。
この集団もまた、信じない人々の方を向きながら多少外部に働きかけ、彼らは数多くの信じない人々に、この世の何処かに希望があり、しかしその希望はまた地球上に到着していないことを説得しようとするか、あるいは少なくとも説明しようとします。
しかし彼らは現れていて、皆さんは彼らを信じるべきです。
それにもかかわらず、闇の者達の別の集団は不安を感じません。
何故なら、この集団は一部の銀河存在や地球外生命体が姿を見せて、彼らを救うことを待ち続けているからです。
別の集団は、信じ、待ちます。
次にわたし達は、地球上を歩み、浄化を提供し、特殊な場所に向かい、すべての闇のエネルギー、妨害エネルギーから特殊な場所を浄化して、こうした場所をもう一度活性化している集団を持ちます。
その通り、彼らはそうしています。
しかし、わたし達が彼らの周りの世界の中で確認することと言えば、こうした場所に割り振られている世界の中で何かが起っていて、より活性化しているのでしょうか?
歴史が必然として皆さんに伝えることは、その聖なる場所は良かれ悪しかれ利用される可能性があり、聖なる場所の開放は、その場所がいわゆる良き人々だけが利用できることだけではなく、いわゆる悪い人々もまたこうしたエネルギーを利用することができることを意味する、ということです。
これは、こうした聖なる場所が機能しなかった数多くの理由のひとつになってきました。
皆さんが皆さん自身に尋ねなければならない他の事は、それが地球上のどんなものでも変えてきたことです。
皆さんは、皆さんの周りのすべてで起っていることを確認しますか?
新しい数々の集団が、特定の政府組織、支配する政府組織と戦う集団が、毎日始動を続けています。
それにもかかわらず、一度新しい政府が所定の位置に着くと、その組織が達成してきたことは、色々な意味で、すべてさらに強い支配です。
毎日、ほとんどあらゆる国の中で、より多くの自由が失われ、毎日さらに数多くの人々が怒りを覚えています。
それにもかかわらず、その支配体制は、ある意味で元気溌剌であり、その怒りが彼らをそのように選択させ、彼らはより多くの自由が現れることになる、と考えます。
それにもかかわらず、より多くの自由が取り上げられることになるでしょう。
光の活動家として行うべきことは、ほとんどの場合に皆さんの目を閉じるか、あるいは神聖なる創造主、担当している神聖なるひとつの存在を信じる、あるいは皆さんは創造者であることを信じる以外に、何があるのでしょうか。
地球上で明らかにされていない数々の現実性の中で、皆さんは創造者である、皆さんは純粋な愛である、皆さんはすべて一体である等々と皆さんが感じる場所の中で、中途半端に手を出しています。
皆さんは、その支配体制がある意味で元気溌剌なため、皆さんが思い描くことができない方法で支配が皆さんの周りのすべてであることを確認します。
皆さんは下から上まで、上から下まで支配され続けています。
闇の者達にとって実際に危険になり得る最も力強いひとつの集団でも、自分自身の幻影の現実性に余りにも忙しいか、彼らが良い地球外生命体や銀河存在達を待ち続けている、あるいは地球上で起り続けているものにまったく当てはまらない数々の現実性に中途半端に手を出しているか、あるいは余りにも自分自身にこころを奪われて、架空の話でどうしても真実を確認することができなかの、何れかです。
その通り、わたし達は、わたし達が伝えてきた集団の間に当てはまる、幾つかの集団を見逃していました。
しかし、皆さんはひとりの光の活動家であり、皆さんはすべて、皆さんは愛で、神聖で、すべてひとつだと考えているということについて、考えてください。
それにもかかわらず、皆さんは毎日このひとつの呪文を、今愛になれ、皆さんはこれほど愛されている、皆さんは深く愛されている、皆さんは神聖だという呪文を、確認することを望みます。
この確認が毎日必要になる皆さんの中にあるものは、何なのでしょうか。
この確認が毎日必要に感じるものは、皆さんの中の何なのでしょうか。
その結果人々は毎日、銀河存在達から送られる、政府が支配をあきらめることを説得する上で彼らが進歩している様子に関するひとつのメッセージを待ち続けています。
彼らは毎日さらに近付き、彼らは今ではもう何年もの間、毎日近付いてきました。
彼らは毎回、皆さんに希望できる何かを、しがみつく何かを与えます。
今まで本当に何も起ったことはなく、しかし皆さんは依然として期待します。
わたしはそれが本当かどうかは分からないが、しかしわたしはそれを期待する、と言っている人々のように。
皆さんがこの神聖で愛に溢れた創造者の存在であるということの確認か、あるいは皆さんが進み続けるために彼らが皆さんに与える希望を毎日待ち続けているか、そのどちらかについてのほんのちょっとしたことを、毎日待ち続けています。
ここでわたし達が伝えたいことは、異なる数々の現実性を探索することは何も悪いことはありませんが、しかしその探索は、今も今までも、より多くの真実に気付くことを目的にしていて、より皆さん自身やこうした現実性にこころを奪われる皆さんを確認することを目的にしてはいないことです。
それが目的にしていることは、皆さんが数々の現実性の中で見つけ出すものを、まさに今地球の現実性の内部とその上で起り続けているものに適用することです。
この現実性を本当に変えることができるものを見つけ出すことであり、そしてそれにもかかわらず、多くの人々は今までこれを行う方法を見つけ出さないで、しかし人々は小さな数々の方法を見つけ出しては、これを自分自身の現実性に当てはめています。
その結果、ほとんどの人々が真の外部の世界から目を閉じて、自分達が確認したいものについての自分自身の見通しに意識を集中しています。
何故なら、それは自分達にとって完璧な現実性になるからです。
数多くの皆さんが、地球の現実性を変えるために皆さんが追随することができる、段階を踏んだ進歩を待ち続けているように見えます。
その段階を踏んだ過程を見つけ出す上で皆さんを支援するためだけにわたし達はここにいることを、
皆さんは自覚することはないのでしょうか?
もしも皆さんが創造する対象と方法を伝えられないとすれば、皆さんはどのようにしてひとりの創造者になることができるのでしょうか?
もしもわたし達が皆さんに、表現する方法と表現すべきものを伝えるとすれば、皆さんはどのようにして皆さん自身を、皆さんの本当の自己を表現することができるというのでしょうか?
皆さんが今まで行っていることは努力しているのではなく、それは皆さん自身の内面の現実性のために努力しているのかもしれませんが、しかし外部の現実性の中でほんとうの変化は起っていないことを、皆さんは認識する必要があります。
しかしたとえ皆さんが、銀河存在達が現れて皆さんを助けてくれる、あるいは他の一部の存在達が、今皆さんが行うものを伝えることになると信じるとしても、皆さんは、援助を、支援を待ち続けます。
そして言うまでもなく、既に明らかにされたそのすべてを確認するその集団の人々は、その現実性が明らかになることを待ち続けています。
皆さんはすべて待ち続けます。
皆さんがどの集団に当てはまろうと、関係ありません。
そうしている内に、皆さんは皆さん自身についての幾つかの努力、幾つかの内面の努力を行いますが、しかし実際に、皆さんは待ち続けています。
皆さんは探索しますが、それにもかかわらず、その探索はゆっくりであり、時に、皆さんは突破口を経験しますが、しかしそれが意味することは、地球上のひとりの創造者になるために皆さんがそれをどのように適用するか、ということがすべてです。
数多くの人々が、皆さんが既に霊として存在することを表現することによって皆さんはこれを行う、と答えることになるでしょう。
それにもかかわらず、それは創造でしょうか、あるいは単なる自己表現でしょうか、そしてそれは本当のひとつの変化を創っているでしょうか?
わたし達は、わたし達の以前のすべてのメッセージの中で、本当の変化を起こす方法、その変化になる方法、創造者になる方法に関する導きの中で、これほど沢山伝えてきました。
ある意味で、わたし達はわたし達のすべてのメッセージを通して、これを行い続けています。
わたし達はただ、皆さんの答えを見つけ出す場所について、導くことができるだけです。
もしもそれが皆さんの内部から現れないとすれば、ひとつの答えとは何でしょうか?
もしも皆さんが皆さんに行動の仕方、行うことを伝えようとしなければ、それは別の支配体制になってしまうでしょう。
皆さんは皆さん自身の創造のやり方を見つけ出す必要がありますが、しかしまた、皆さんは皆さんができることの複製を除いて何も創り出していない、その状況を理解することが必要です。
その真実は今までいつも皆さんの内部に隠されてきましたが、しかしもしも皆さんが、わたし達がこのメッセージの中で話題にしてきたすべてのものによって皆さん自身で気を逸らされてしまうなら、皆さんは決してその答えを見つけ出すことはないでしょう。
もしも皆さんが人間を通して表現し続ける完全な根源だとしたら、皆さんは“わたしは神聖だ、わたしは愛だ、わたしは一体性だ”と話しながら、歩き回ろうとするでしょうか?
いいえ、皆さんはとにかくこれを表現しようとはせず、皆さんはひとりの創造者の存在として、愛であるもの、神聖であるもの、一体性であるものによって妨害されることなく、行うことが必要なことを行いながら、歩き回ろうとするでしょう。
数多くの人々が、皆さんは皆さんの根源の存在を表現していることを、あるいは皆さんはひとりの根源の存在であることを、認識さえしようとしません。
何故なら、これは皆さんの根源の存在の本質ではないからです。
ここは、あらゆる人がそれはどれほど神聖で愛に溢れているかを伝えるところではありません。
ここは、変化を起こし、最前線にいるのではなく、後ろで隠れたままで、必要とされることを行うところです。
皆さんの根源の存在は、それがどれほど愛に溢れ神聖化を確かめることを期待していません。
それはあらゆる物事であり、それがどれほど多くの愛で、どれほど神聖かということでそれ自体を分類することはありません。