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スフィンクス、皆さんの外部の確証を見付け出すことについて語る 

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チャネリングの中では、説教ぼい異色のスフインクスのメッセージですが、最新も参考になりますね。Φ(^π^;)φ


スフィンクス、皆さんの外部の確証を見付け出すことについて語る 

http://twinkle-star999.blog.so-net.ne.jp/2013-12-16-2

わたし達は、認識していない数多くの物事を確認するか、あるいは実際に時に認識しているものの知りたくない物事を確認します。

彼らは自分達の確証を、何度も自分達の外部の存在達から求めます。

数々の合図や確認であり、その変化は現実です。

もしも彼らが怖れ、怯え、不安、無価値さを感じるなら、彼らは、怖れや不安や無価値さやそれ以上の状態になる必要はないと彼らに伝える彼らの外部の存在達からの確証を探し求めます。

こうした存在達は、皆さんがこうした情緒やこうした感覚を感じるのを止めるために利用することができる、すべての種類の助言を手にしています。


それにもかかわらず、皆さんが皆さんのこうした数々の情緒を解き放つための答えを皆さんという存在の外部に求める限り、こうした数々の感覚は、残ることになるでしょう。

ある意味で、こうした情緒は人間的なものであり、実際に皆さんという存在全体は、こうした情緒を感じていません。

霊の世界の中で、怖れ、怒り、不安感、価値があると感じずに怖れている状態は、皆さんという存在の数々のエネルギーの内部では必要なく、感じられず、存在しません。

皆さんの霊の存在はこの種のどのような感覚とも関連していないため、このどれも必要ありません。

これを説明させて貰うと、皆さんはさらに深くこれを調べることができます。

皆さんという存在の内部の一体性は、皆さんが通常それを命名するものです。

実際に、一体性はあらゆる情緒を上回ります。

自分自身を愛する必要はなく、自分自身を愛さない必要もありません。

怒ったり怖がったりする必要もなく、怖れのなさまたは怖れのどちらも必要ありません。

すべてが変容される状態に皆さんが到達する時、皆さんは、わたしはわたし自身を愛する、と言うことはできませんが、しかしまた皆さんは、わたしはわたしを愛さない、と言うこともできません。

こうしたすべての人間の数々の感覚と情緒に関する理解は、存在しません。

彼らは既に、人間の精神と感覚では説明することができない違う何かに向けて超越しています。

数多くの人間が行っていることは、人間の物質的な物事についての理解を変えることに意識を集中すること、そして物質的な人間が大胆不敵になり、すべて愛に溢れ、怖がらない状態になる必要がある、物質的な人間は無価値さあるいは不安を感じないようにするべきだ、という考えに意識を集中することです。

もしも皆さんが皆さんの霊の存在とひとつになることに意識を集中しようとするなら、皆さんの霊の部分はこうした情緒を感じる必要はなくまた感じないため、皆さんは、怒り、怯え、無価値さやその他の感覚について皆さんが経験したこうした感覚はおそらくただ消え失せてしまうことを、皆さんは気付くことになると思います。

しかしその一方で、皆さんの霊の存在は、人間の情緒が依然として人間の内部に存在することを許しますが、しかし一度それ自体の存在の内部の一体性に向けて戻ってこうした感覚のすべてを上回ってしまえば、人間を支援します。

しかしながら、物質的な現実性の内部で起こっているひとつの経験が、依然として存在します。

そのため、物質的な現実性の中ではこうした感覚のすべてが必要になるという理由から、人間はそれを完全に変えるか解消することができません。

こうした感覚はすべて、人間の経験と現実性の部分であり、霊の現実性の部分ではありません。

これに対しては、幾つかの真剣な説明が必要になります。

人間の現実性は、ちょうど皆さんが皆さんの銀河の兄弟や姉妹達と呼ぶようなに存在達に由来する数々の現実性のように、経験に基づいたひとつの現実性です。

こうしたすべての現実性の内部には数々の情緒と感覚が存在し、そしてこれはすべての情緒を意味します。

何故ならその情緒と感覚は、皆さんのすべての経験を通して皆さんを導くものであり、こうした数々の現実性を経験するという現実性の一部になるからです。

こうしたすべての現実性を越えて進むことは、こうしたどのような情緒または感覚も必要としません。

内部の一体性は、あらゆる情緒と感覚を上回り、ひとつの真の非二元性の存在に向かいます。

皆さんがさらに内部でひとつに成り続けている時、それは人間と霊がより一層融合することを意味していますが、皆さんがそこにあるすべての情緒と感覚と伴に依然として人間の現実性の内部に存在していることを、皆さんは気付くことになるでしょう。

それにもかかわらず、また皆さんは、人間のすべての情緒と感覚の経験を持たずに、霊の現実性から、皆さんは価値があるまたは無価値だ、不安または不安ではないと皆さん自身を特徴付ける必要がないひとつの場所を、眺めることができます。

それは、皆さんが愛ではないということではありません。

それは、それ自体を愛または愛ではないものとして規定する必要がないものによって愛が超克されていることでもありません。

皆さんをひとりの人間として規定するこうした方法は、皆さん自身を規定する必要がない霊の方法によって克服されることになるでしょう。

人間は、自分達の行動の中で人間の現実性の感覚が時に必要とされることを認識して、それ自体がより安心していられることに気付くことになるでしょう。

しかし人間の愛されることの必要性、他の存在達によって人間達は力強く素晴らしいと伝えられる必要性は、消え失せます。

何故なら、人間が外部の存在達によってよって確証される必要性はないからです。

人間は、彼または彼女自身を不安かそうでないか、愛に溢れているかいないかと規定する必要性がない状況に順応し始めて、さらに色々な意味で自分達の真の表現になるでしょう。

これはまた、皆さんが皆さんの人間性と同時に皆さんの霊の存在のために今までここで計画してきたその仕事に充分に対処することを許すものです。

彼または彼女を規定しない要求が、わたしは充分に愛に溢れているか、わたしは充分に価値があり、創造してある意味で他の人々に教える対象と方法に関してさらに純粋な認識から行ってきたか、という不安を含まずに行う方法の中で、充分な活動と創造を許します。

実際に、皆さんが力強い状態と呼ぶものは、皆さんという存在のすべてとの融合から現れています。

わたし達は今まで、制御系と怖れと怒りは数多くの人々が感じるものであり、その人々の内部から現れるものだ、ということについて説明してきました。

そして数多くの人々は、現実を直視しない彼らの方法は、彼らがこの何れによっても傷付けられることはあり得ないという人間のための確証を受け取ることによって成り立つ、という事実に気付くことになるでしょう。

彼らが傷付けられることがあり得ないひとつの方法がありますが、しかし彼らの方法は、その人間にただ今起こり続けているものに関する人間の経験について取り組むことだけを伝えています。

皆さん自身を愛せ、皆さん自身を裁くな、他の人々を裁くな、他の人々を愛せ、敬意を持って他の人々を扱え、皆さん自身を敬え、等々です。

皆さんは、内部で完全に融合することによって、このすべてを回避することができます。

けれどもこれは時間がかかるでしょう。

そしてわたし達は今これを口にしますが、しかしそれはある意味で簡単なことではないことを、認識してください。

何故なら人間の精神は、皆さんが人間の思考と皆さん自身の精神の内部の承諾の必要性を上回るひとつの状態に到達することを妨げる、ひとつの強力な手段になるからです。

皆さんが物質的な現実性の数々の情緒と感覚に意識を集中する時、数多くの皆さんの焦点は、物質的な現実性の内部に留まり続けることです。

愛は、人間の中でどのような物事も超克しません。

それはただ、皆さんがその確証を受け取るかそれを皆さんの内部で感じるもののそれほど多くはないその瞬間の範囲で、ひとりの人間として皆さんが感じる対象と方法を超克するだけです。

何故なら皆さんは、依然として何度も、皆さんの外部からの確証を絶えず必要としているからです。

その確証は、怖れや価値のなさやその他諸々といったこうした感覚が皆さんの内部で現れる度に、皆さんは愛であり、皆さんは価値があり、そしてその他諸々であるというものになります、

愛は、怖れを克服することはないでしょう。

そして愛は、彼らの闇の側面を用いることを望むどのような存在も消し去ることはないでしょう。

愛になることによって、害を及ぼすことを望む存在達は皆さんに手を出さないだろう、と考えないでください。

皆さんが数多くのメッセージを通して強化されると感じ、そしてそれにもかかわらず、その強化はいつも皆さんがそれはそうなってほしいと思う方法に留まるため、わたし達はまずますこの主題に戻ってきます。

そしてこれは、普通のことです。

何故なら、人間はある意味でただ人間の存在全体のひとつの小さな部分に過ぎず、人間の経験は皆さんの総合的な存在とは完全に異なるからです。

それは、内面の努力とさらに充分に皆さんという存在になることを通して変わることがあり得ますが、しかしそれは、皆さんの意識のほとんどを、ひとりの人間として皆さんが行動し反応しなければならない姿に集中することによっても、実際に変わりません。

皆さんが闇に対して感じる怖れは現実であり、皆さんはそれを無視することはできません。

一度皆さんがさらに充分に皆さんという存在全体になってしまえば、皆さんはこの闇と闘う方法に気付くことになるでしょう。

闇について認識することは、もしも皆さんが闇を無視しようとするその結果よりも、ひとりの人間としてさらに強化されていると皆さんに感じさせることになるでしょう。

認識しない状態は、認識している状態よりも何回もさらに多くの怖れをもたらします。

そしてこれは、ほとんどの皆さんが何かに頼る部分であり、それはこれからも決してこの怖れを解き放つことはなく、あるいはこの怖れを克服することもできないでしょう。

何故なら皆さんは、皆さんの地球の現実性の内部だけではなく、向こう側の他の数多くの現実性の内部にもある数多くの事実を無視し続けているからです。

他の側面を理解することは、皆さんの事実通りの姿を充分に受け入れる支援をすることになるでしょう。


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