魔堕魔堕ダークサイドネタは続きますが、とりあえず、今日のアンタッチャブルなraptさん、やっときますかね。
徳川家と天皇家との霊力の戦い。北斗七星の結界とそれを打ち破る太極図について。
http://rapt.sub.jp/?p=19713
昨日は、徳川家康が行った「鎖国」と「キリスト教禁教令」が、実は天皇中心のNWO計画を阻止するための施策だった可能性があるというお話をしました。
○徳川家康が行った鎖国とキリスト教禁教令の本当の意味。果たして徳川家康は悪魔崇拝者だったのか。
このブログでは、明治維新以降、アメリカ中心のNWOを進めるバチカン勢力「教皇派」と、日本中心のNWOを進める天皇勢力「天皇派」との戦いが繰り広げられてきた、というお話をずっとしてきましたが、実はその戦いが江戸時代から既に始まっていたかも知れないというわけです。
その疑いを持つようになったきっかけが、一昨日アップした以下の記事になります。
○地下鉄丸の内線とGHQと徳川家康とエリザベス女王とイエズス会の奇妙なつながり。東京の地下には教皇派の秘密施設も眠っている。
徳川家康がエリザベス女王から大量の武器を支援してもらったことで「関ヶ原の戦い」に勝利し、そのお陰で天下をとることができた……。そうなると、現代の政治家たちと同様、徳川家康もやはり悪魔崇拝者の傀儡に成り下がるしかありません。そう疑わざるを得ないのです。
ですから、下手をすれば、徳川家康自身もまた悪魔崇拝の秘儀を学び、悪魔崇拝の儀式に参加していたかも知れないということになります。そして、その疑いを晴らすべく、私はあれこれとネット等を調べてみたのですが、その疑いは晴れるどころか、むしろ逆に濃くなってきました。
先ずは以下の動画をご覧下さい。これまでこのブログでは何度も東京にあるJR山手線と中央線が、陰陽道(という名の悪魔教)の「太極図」を作っているという話をしてきましたが、以下の動画ではこの「太極図」が作られた理由について、さらに深く掘り下げて説明されています。
この動画を簡単に要約すると、先ず東京には「平将門」の結界というものがあるとのこと。その結界とは、七つの神社によって作られた「北斗七星」のことです。
1)鳥越神社・・・将門の首がこの地を飛び越えたという伝説。
2)兜神社・・・・俵藤太が将門の兜を埋めたという伝説。
3)首塚・・・・・将門の首塚。
4)神田明神・・・将門の首が祀られている。
5)筑土八幡神社・この神社の隣の津久戸明神が将門の首を祀る。
6)水稲荷神社・・将門調伏のための神社
7)鎧神社・・・・将門の鎧(胴衣)を祀っている
8)鬼王神社・・・幼い将門を祀る
確かにきれいな「北斗七星」が浮かびあがっていますね。
しかも、この「北斗七星」を作ったのは「江戸幕府」です。「神田明神」はもともと今の位置にあったわけではなく、「江戸幕府」が今の位置に移動したとのことですから。
しかし、上の動画では江戸幕府の誰がこの「北斗七星」を作ったのかについては言及されていません。解説者の話によると、今から400年前に「神田明神」を移動したということなので、もしかしたら徳川家康その人なのかも知れません。
で、この「北斗七星」の結界を破るために、「山の手線」が作られたとのこと。以下、上の動画のキャプチャー画像です。
確かに、ものの見事に「山の手線」が「北斗七星」の結界をズタズタに切り裂いているのが分かりますね。
動画の解説によると、「兜神社」と「鎧神社」を山の手線の外に出してしまうことで、「平将門」の首と胴を断ち切ったとのこと。
さらに赤い鉄道「中央線」を、この「山の手線」の中央を走らせることで、高尾山にある天皇の墓「武蔵陵墓地」から霊力を運び込み、「平将門」の呪いをさらにズタズタにしたとのことです。
なんでも鉄道に使われている「鉄」は、霊を遮断する力があるらしく、「平将門」の呪いを鉄道を敷くことで切り裂くことができるのだとか。本当かどうかは分かりませんが、マスコミが言うことですから真に受けない方がいいでしょうね。
今年に入ってから、私はさんざん「霊」の話をしてきました。悪魔崇拝者たちが拝んでいる「悪魔」は目に見えない霊的な存在であり、「霊界」の奥義を知っている、と。
○悪魔とは空想の産物ではなく、架空の存在でもありません。悪魔崇拝者たちはそんな非現実的なものを拝む連中ではありません。
○「霊界」という奥義について。悪魔崇拝者たちは「霊界」の存在をひたすら我々一般庶民に隠してきました。
彼らはこの「霊界」の奥義について、我々庶民にはひた隠しにしつつ、自分たちだけで密かにあれこれと深く研究しています。しかも、彼らの中にはその手の専門家が間違いなくいるはずです。
で、その専門家が「北斗七星」の結界を破るためにはどうしたらいいかと、日夜、研究に励んだ挙げ句、こうして山の手線と中央線を作ることにしたということなのでしょう。
この動画の中では、天皇の宿敵であった「平将門」の呪いを封じるために山の手線が作られたということが強調されていますが、この「北斗七星」の形を作ったのは江戸幕府です。そして、この江戸幕府は「教皇派」であるエリザベス女王の力によって成立しました。
ですから、この「北斗七星」はやはり「教皇派」と何らかの関係があるはずです。というか、天皇が「北斗七星」をこれだけ忌み嫌っているということは、やはりこの「北斗七星」は「教皇派」によって仕掛けられた呪いに違いありません。
だからこそ、明治政府はこの「北斗七星」を本気で恐れ、大金をはたいて「山の手線」と「中央線」を敷設したに違いないのです。
しかしながら、「教皇派」もまた山の手線によって「北斗七星」の結界が破られることをとても恐れた。そのため、東京大震災を(人工的に)起こして、この鉄道網の完成を妨害したのかも知れません。
さらに、「不思議.net」というサイトでは、山の手線を敷設するのとは別の方法で、明治政府が「北斗七星」の結界を打ち破っていたということについて言及されています。その結界が以下になります。
⑨靖国神社・・・国のために戦死した人々を顕彰
⑩谷中霊園・・・明治6年に出来た神式公共霊園
⑪雑司ヶ谷霊園・・・明治6年に出来た神式公共霊園
⑫築地本願寺・・・江戸最大の庶民の墓所
⑬青山霊園・・・明治6年に出来た神式公共霊園
ここまで来ると、明治政府がどれほど「北斗七星」の結界を恐れていたかが分かるというものです。ええ、そうです。悪魔崇拝者たちは本当に悪魔の呪いを恐れているのです。
では、一体この「北斗七星」にはどんな意味があるのでしょうか。私はそれが気になって、あれこれとネット等を調べてみたのですが、やはり誰もそんなことを調べている人はいませんでした。
しかし、案外、その答えはすぐに分かりました。(世界広しといえども、こんなことに気付くのは私ぐらいしかいないと思います。自慢ではなく、それが事実です。)
現在の天皇家がかつての古代エジプト王朝時代にエジプトに住んでいた、というお話は前にしたことがあります。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
○古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。
そして、このエジプトにはギザの三大ピラミッドというものがあって、このギザの三大ピラミッドはオリオン座をモデルにして精密に作られています。
このオリオン座は冬になると「南」の空にきれいに見えます。私も今の季節はほとんど毎日のようにこのオリオン座を見ています。
その一方で、北斗七星はその名の通り「北」に見えます。そして、言うまでもなく「北」と「南」はそれぞれその対極にあります。
ということは、「天皇家」はもともと「オリオン座」を重んじる勢力であり、「教皇派」はもともと「北斗七星」を重んじる勢力であって、彼らはずっと昔から対立してきたのかも知れません。少なくとも江戸時代に激しく対立していたわけです。
そのため、徳川家康が天下をとってから早々、江戸に巨大な「北斗七星」の結界を作り、天皇の霊的パワーに対抗しようとしたのかも知れません。
あるいは、単に天皇が「オリオン座」を重んじているのを知って、わざとその対極である「北斗七星」の結界を作り、天皇を怖がらせようとしただけかも知れません。
いずれにせよ、徳川家がこうして「北斗七星」の結界を作ったということは、徳川家がそれだけ悪魔の呪術に精通していたという証拠です。悪魔崇拝者たちから「霊界」に関する奥義を学んでいたに違いありません。
でなければ、どうして徳川家は天皇家と「オリオン座」の関係を知ることができたのでしょうか。天皇と「オリオン座」の関係を知っているのは、その当時、悪魔崇拝者だけだったはずではありませんか。
ですから、徳川家康もやはり単なる将軍様ではなく、悪魔崇拝者であった可能性が高いということなのです。
もちろん、この話を信じるか信じないかはあなた次第です。しかし、これだけの証拠を前にして、これを単なる私の妄想と言うなら、それこそ単なる屁理屈にしか思えませんけれども……。
ちなみに、上の動画の最後で「山の手線の鉄のパワーで平将門の怨念を常に抑えているから、我々はこうやって生きていられる」などと言って、二人のMCがありがたそうに頷いていますが、悪魔の力で悪魔の力を封じているだけなので、有り難がるのは筋近いではないかと言いたくなりますね。