カバルの記事の後は、長文のヨシュア最新で、とりあえず、一服ですね。Φ(^π^;)φ
ヨシュア:皆さんは、皆さんがどれほど恵まれているか、認識していますか? [イエス:ヨシュア]
http://twinkle-star999.blog.so-net.ne.jp/2014-02-07
最愛なる者、皆さんが最初に何かを創り出すことを考えた時、皆さんは皆さんの一部を、依然として皆さんの中にある皆さんに属するひとつの自覚的意識を置き去りにしました。
皆さんはそこから離れて、“わたしは創造したい。
わたしは何を創り出すことができるのか?”、と口にしました。
そして皆さんは今まで、すべての世界、すべての筋書き、今回の生涯の中で皆さんが思い描くことができるあらゆる物事とそれ以上を創り出してきました。
何故なら、皆さんは皆さんの創造性に富んだ能力を認識することを望んだからです。
最初に、皆さんの創造は愛からのもの、そして存在しているという存在性からのものでした。
次に、その後で、その創造的なエネルギーは、そこで他に存在し得るもの、愛とは異なることができるものを認識することを願いました。
そのため皆さんは、ひとつの試みを始めました。
皆さんは、“完全にわたしの創造に夢中になること、他の誰かの創造によって創造的に挑戦されることは、どのように感じのだろうか?”、という点を認識することを望みました。
皆さんは数々の転生を経験しましたが、そこで皆さんはひとつの姿、そして皆さんが考案したひとつの創造から外見的に離れている誰か、現れて皆さんの創造を破壊するか何らかの意味でそれに挑戦する誰かを考案しました。
皆さんの世界の報道媒体が皆さんに報道するように、これは依然として起っています。
しかしまた皆さんは、既に皆さんが次元上昇をしているひとつの場所に現れています。
今、次元上昇についての沢山の話題、3次元の意識から5次元の意識への移行に関する沢山の話題が取り上げられていますが、そして事実通り、その数は問題ではありません。
人々はかつて、“さて、4次元はどうなったんだ?わたしは寝ている間にそれを通り越したのだろうか?”、と口にしました。
さて、皆さんはそう口にすることができます。
皆さんがそれを定義してきたように、5次元は、皆さん自身や他の人々や世界の中で起り続けていることとの穏やかな関係に向けて次元上昇している皆さん自身に、気付く場所です。
皆さんがあらゆる物事が目覚めという壮大な目的のために起ることを認識し、皆さんが深呼吸をして穏やかさの中に留まるその場所に訪れることができる時、皆さんは、世俗的な霊の中ではなく、皆さん自身の霊の中に留まります。
そして、今後皆さんが実践する時、皆さんが今後穏やかさと許しという空間の中に存在することを繰り返しながらあらゆる物事の中に祝福を探す時、皆さんは、故郷の場所に戻り、そこにさらに長く留まることは、さらに簡単であることに気付くようになるでしょう。
皆さんはその時、次元上昇を達成しています。
さて、それについて伝えられていて、これほど非常に望まれている次元上昇は、集団意識の次元上昇になるでしょう。
それは、最終的には起るように見えますが、しかしそれは、皆さんが個人的に確認するように、ひとりの個人によって、そして別の個人によって、その人々自身の選択とその人自身の魂の時刻表に応じて、行われることになるでしょう。
そして最終的に、事実通りただわたし達の一体性が存在するという認識が表れる時、その結果集団意識は、“わたしは既に次元上昇をした。わたしは既にわたしのすべての部分を呼び集めた。
そしてわたしは既にわたしの一体性を思い出した”、と認めることになるでしょう。
そしてその時、次元上昇は意識的に認識されることになるでしょう。
皆さんは、既に次元上昇を認識しています。
皆さんはそれを感じることができます。
皆さんは、わたし達がそれについて伝えるように、それを思い描くことができます。
しかし、いつでもその空間で暮らすことは、まだ多少ひとつの難題です。
何故なら今後その世界が出現して、こう伝えることになるからです。
“その通り、しかし皆さんは数々の驚きについてどのように感じるのか?
皆さんは数々の驚きを冷静に受け止めて、それが事実通りひとつの大いなる目的に役立つことを確認することができるのか?”
あるいは、皆さんが数々の期待を持つことを、そして数々の期待は人間の光景の一部であることを今までわたしが確認してきたように、そうした期待が正確に現れない時、その結果、断定的な判断の時が訪れて、皆さんは非常に急速に判断を下そうとします。
わたしはその感覚を認識します。
ひとりの小さな者として、またわたしも数々の期待を、わたしの母、わたしの父、村の社会が行おうとしていることに関する数々の期待を持ち、そしてまたわたしがするべきことに関する数々の期待を持ちました。
しかしわたしは、そういった期待はただ一時的なものであり、過ぎ去ってゆくものであることに気付きました。
そしてわたしは、わたしがその数々の期待に応えることができたことを、理解しました。
もしかすると、もしもその人々がその方法で満たされなかったとすれば、それがより良い結果が出る方法で、その人々は満たされるようになる、とわたしは考えました。
そのためわたしは、数々の期待を持つことを諦めました。
それは人間の領域の中で行うことは困難ですが、しかし皆さんはそうすることができ、そして皆さんは、物事がそうなららなければならない姿、または皆さんがそうならなければならない姿、あるいは“人々”はそうならなければならないという大きな期待に関して、期待を持たないことで現れる、その穏やかさを感じることができます。
その大きな期待は、最も頻繁に皆さんを躓かせる期待です。
その一方で、もしもその期待が満たされない時には皆さんがどれほどすぐにその数々の期待を諦めるかということに関して、皆さん自身に金星を与えてください。
今、皆さんはそれに目を向けて、そして皆さんはそれについての感覚を持ち、皆さんはそれに関する判断を持ち、そして次に皆さんは、“やれやれ、わたしが確認するよりもこれに対してさらに多くの物事があるに違いない”、と口にします。
そして皆さんは、皆さん自身に金星を与えながら、皆さんがどれだけ速くその判断から容認の場所へ移動することに関して、測定することができます。
わたしは今まで、皆さんがこれを行う姿を確認してきました。
そこで皆さんは、何かについての非常に強い情緒を持つことができます。
そしてその結果、しばらく後で、皆さんはこう口にしている皆さん自身に気付くことができます。
“やれやれ、それはその時にわたしの手にした情報に基づいたわたしの期待だった。”
皆さんがそこから離れた場所に立つ時、皆さんはより大きな状況を確認することができます。
皆さんが実践する時、皆さんは、皆さんが皆さん自身に与えているひとつの才能によって祝福されている皆さん自身に気付くことになるでしょう。
“ほら、これは、それはそうなるだろうとわたしが考えたものよりもさらに良い”、と口にする、穏やかさという才能、容認という才能、歓びという才能です。
その時、あるいは一瞬またはその程度、皆さんは既に故郷に到着しています。
それは普通、長い間続きませんが、しかしそれは、皆さんがそれを測定できるほど充分に長く続き、そして皆さんは皆さん自身について幸せを感じ、“やれやれ、もしもわたしがかつてそれをしたとすれば、おそらくわたしはもう一度それをすることができる”、と口にします。
そしてそれは、毎回さらに簡単に現れます。
何故なら皆さんは、既に容認に関する練習と経験を積んでいるからです。
もしも皆さんがそれを許すようになるなら、これから訪れる数々の年に、かなりの叡智が現れます。
それは、充分なほどの期待が今まで皆さんが満たされるようになると考えた方法で満たされていなかった時、そして実際に今までよりも良くなるように皆さんが何かに対処しなければならなかった時に現れる、かなりの叡智です。
しかし時に皆さんは、皆さんが後からの判断に足を踏み入れて、それがすべてお互いに一致する姿を確認するまで、その良さを理解しません。
それは普通、少しばかり時間がかかり、少しばかり叡智を必要とします。
その時皆さんは、容認という空間の中に留まります。
たとえそれが最初の場所で肥料のように見えるとしても、皆さんは皆さんが創り出すあらゆる物事によって、とても祝福されます。
たとえその配偶者が皆さんに、“わたしはもうこれ以上あなたを愛さない。
あなた自身で他の誰かを探しに出掛けること”、と伝えることになるとしても、たとえそれが、異なる地政学的な集団の敵対勢力になって、おそらく皆さんがその一部になるように求められるかもしれないように見えるとしても、皆さんは一歩退いて、その代わりに穏やかさを確認することができます。
たとえその勤め先が、こう伝えるとしても。
“今はひとつの変化の時代だ。我々はこの集団の構造の中のあらゆる物事を変えているところだ。
そして我々はもうこれ以上あなたを必要とすることはないだろう。
我々はあなたを幾つかの科学技術と交換する。
それはさらに速く考えることができる。
それはさらに速く計算することができる。
それは、あなたが行うよりもさらに上手に記録を維持することができる。
従って、あなたの地位はもはやこの会社には必要ではない。”
そして皆さんの最初の感覚は、“嗚呼、何ということだ、わたしは今何をすれば良いのか?わたしは必要とされることが必要であり、わたしが金貨を必要とするのは、わたしは他の人々に金貨を払うことを約束してしまっているからだ”、というものです。
そのため、一瞬かそこら、普通はそれより長い間、皆さんが非常に創造的になる時、“分かった、わたしは他の何処で必要とされるのか?”、と理解してください。
時に皆さんは、皆さんが必要とされる場所を見付け出す最良の方法は、もしかすると金貨が与えられないかもしれないひとつの場所で奉仕活動を行うことだということを、既に気付いています。
皆さんはもうかなりの金貨を必要としませんが、しかし皆さんは必要とされることが必要です。
皆さんは役立つことが必要です。
そのためわたしは、移行の中にいる可能性がある皆さんに伝えますが、皆さんが役立つことができるひとつの場所に気付いてください。
金貨は後で皆さんのところに現れることになるでしょう。
しかし皆さんは、役立つ際に、感謝の交換、必要とされることの交換、価値があることと自尊心の交換が、以前の職業から手にしていたすべての金貨よりも価値があることに気付くかもしれません。
わたしは、数多くの人々が今、移行を経験していることを認識しています。
そこでは、数々の変化が起り続けています。
そしてわたしは、数多くの人々がこう疑問に思っていることを認識しています。